IT文明開化
〜21世紀 メディアの行方(上巻)

発表日:平成13年11月28日
担当者:榊原弘一
〈序章 『研究の経緯と目的』〉

  現在、注目を集めている「メディア論」という分野は、従来のような一つの学問領域に当てはめる事が困難であるとされている。メディア一般について論じる事は従来の学問の専門性という点において大きく逸脱する。なぜなら、メディアは多種多様な分野を超越してその影響力を及ぼし、伝統的な学問における総論や各論といった枠組みがまるで通用しないのである。よって、メディア一般に関する包括的な理論を確立する事は困難を極め、世界の名だたる知識人たちは様々な分野から派生した理論や実践を用いる事によって、各論的に「メディア論」を展開しているのが現状である。そこで今回の発表において、現代の名だたるメディア論者の中でも権威とされるデリック・ドゥ・ケルコフのメディア論における彼のいくつかのメディア予言を紹介する。そして、私がこれまでITというメディアを用い、「地域活性事業」の実践を通して得られた経験とデリック・ドゥ・ケルコフの著書『ポストメディア論』から受けた影響をもとに、具体的なビジョンを展開していく事がこの発表の目的である。とりわけ、そのビジョンはITに特化する事を前提とし、21世紀における情報社会において日本の現状を把握し、どのようにITを展開していくべきかを様々な意見や観点から構成していきたい。そのビジョンは最近大量に書店に並ぶIT関連の雑誌や書籍、新聞、又はインターネット、「地域活性事業」を通して得られた知識、自身の見解をベースにして展開していく。まさに情報社会の利点をフル活用して一つの流れをつくる事を前提とする。「地域活性事業」の一つの区切りとして、ビジョンを展開していく事を念頭に置いて頂きたい。

 

〈第1章 『ポストメディア論の要点』 〉
T. 主要人物紹介
マーシャル・マクルーハン(Herbert Marshall McLuhan)(1911〜1980)

カナダの社会学者・文明批判家で、「世界の知性の中心」と称されたトロント学派の中心人物。彼はメディアの分析の方法を考案し、それが甚大なる影響をもたらした。1962年に出版された『グーテンベルグの銀河系』は世界中の読者を驚かせ、学者たちをも興奮させ、メディアの注目を集めた。謎めいた予言のような考察が、強烈に人々の好奇心をかきたてた例はかつてない。彼の発言や警句は広く知られ、今日もよく引用されている。「メディアはメッセージ である」とするメディア論を展開。

デリック・ドゥ・ケルコフ(Derrick De Kerckhove)

ベルギー出身。トロント大学にてフランス文学を専攻後、マクルーハンに師事。マクルーハンの死後、彼の主要な研究領域であった文化とテクノロジーの相互作用を明らかにする真の後継者として、トロント大学マクルーハン・プログラムのディレクターを長年務めている。マクルーハンの思想の理論的後継者であり、メディアにとどまらず文化・社会・芸術など広く論じている。



U. デリック・ドゥ・ケルコフのメディア予言
  ※()内を反転させると中に入る語がわかります。

  デリック・ドゥ・ケルコフの著『ポストメディア論』は、彼が誉れ高いメディア予言者である事を明らかにしている。マクルーハンの仕事を進める上で、デリック・ドゥ・ケルコフは師の洞察を発展させ、深めながら、挑発的な持論も展開してきた。『ポストメディア論』は彼が掌中にあたためてきた研究と思索の成果を概観したものである。長年の研究とコンサルタント業における実績をもとに、電子メディアが人々の神経組織や身体だけでなく、心理状態をどのように拡張してきたかを考察している。以下に彼の主要なメディア予言、とりわけITに関連した情報通信ネットワークにおけるいくつかの予言を列挙する。

  • 未来の情報通信ネットワークでは、個人は消費者であると同程度に生産者になる。不特定多数に向けた放送が崩壊し、小さな単位に分裂するにつれ、個人の創造への衝動は人々を消費者から 生産消費者 に変える。

  • 現在、まさに進行中のテクノロジー革命において、コンピュータは私たちに話し掛け、私たちを識別し、私たちを待ってくれる。そればかりか、私たちはある種のマシンを着用することになる。家庭用の娯楽装置も見た目よりはフィーリングでデザインされるようになり、VR(ヴァーチャル・リアリティ)にしても、声を認識して超高速で動く家電製品にしても、私たちの欲求をあまりに迅速に実現して見せるため、私たちに残された将来の楽しみは、心に美容整形を施すような他人格に変わることくらいになる。

  • 将来、電子を介して情報をやりとりする「聞き語り」文化(これまで優勢だったのは「読み書き」文化)のもとでは、(無知)である事がむしろ価値ある商品になる。すなわち、「プログラムされていない」個人は、「プログラムされている」人より、鋭さを発揮するという。新しいテクノロジーを学ぶという思考態度からも自由なだけに、(無知)な人々の方が柔軟性に富むという。

  • ネットでつながったメディアは人間にとって新しい意識形態を導入するかもしれない。ネットワークの登場で、意識、精神、個人的な経験に新たな次元が生まれている。
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  • 私たちは現在、個人の能力を凌ぐ集合精神を創造しつつある。集合精神はいくつかの特徴が揃う事によって生成されるのだが、それは動的で相互結合的なあらゆるシステムで、複雑さ がある一線を越えた時に突然現れる特徴だという。集合精神が出現するための基盤整備をす るのは政治のグローバル化だが、その第一期は、テレビ、電話、コンピュータなど技術の統 合という形で見えないところで達成される。(Internet)はこの集団脳の発生期の胎児 のようなものであり、最終的に地球意識へと成長していく構成要素は、ケーブル・情報通信 システム・ネットワーク・データバンクがつながるなかで、すでに形成されている。電脳シ ンクタンクのような研究者たちが意見を交換する場が集合精神の総体となる。私たちは人類 としての偉大で集団的な企てに関わっている只中であるという。
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    ―このような過程により創造されるものを、デリック・ドゥ・ケルコフは結合知と呼ぶ―

  「電気・電子メディアによって人間の中枢神経は地球規模に拡張され、私たちは電子の皮膚を身につけた地球規模の同時的存在となる」という、マクルーハンの有名な言説を発展させ、「インターネットが全世界を被った現代、人間知性は個人の脳機能に限定されたものではなく、それぞれの知性はネットワーク化されたコネクテッド・インテリジェンス(統合知)として機能する。私たちは新たな知性のステージへと向かっている」とデリック・ドゥ・ケルコフは指摘する。



〈第2章 『ビジョン』(上巻)〉
T.  21世紀―情報大国、日本を斬る

  私はこれまで約半期にわたり「地域活性事業」を経験してきた。その事業が地域のIT化であった事は周知であるように思う。アメリカをはじめとする先進諸国におけるIT革命の波が日本に到来し、微々たるものであるが私もその恩恵を受けた一人である。しかし、同時にITのバブルが早々にはじけた事による、この分野の難しさを、身をもって実感したのも、この「地域活性事業」を通して得られた有益な経験であったように思う。それでは、ITという日々、技術が発達しているテクノロジーは私たちにこれ以上の恩恵を与える事はできないのか。日本でも依然としてIT革命と過大評価にも聞こえる事がうたわれている。インターネット関連のベンチャー企業を上場させるようなブームをIT革命だと言っているようでは話にならないのではないか。私たちがこれから生きていく21世紀において、ITは生活により密着し、世界の名だたるメディア論者たちが予言するような事態になっていく事は必至であるだろう。では、私たちにできる事は何か。これまでのようにアメリカに右へ習いのビジョンでいいのだろうか。自分自身が生きていく社会、21世紀の日本の未来像―ビジョンを打ち出す事は価値ある事だと確信している。日本という国、国民性を再認識するためにも、ITという分野に特化したものではあるが、21世紀の日本の、日本人としてのあり方を考える上で以下に示すビジョンは有益であると考える。

  それではまず、日本の現状はどうか。IT不況とはいいながらも政府、民間を問わず、「IT戦略」という言葉が相変わらず日本経済再建の合言葉のように使われている。ただし、そのほとんどがIT革命で世界をリードしたアメリカを見習うというタイプである。では、ITにおけるアメリカのモデルとは何か。

「常時接続可能でかつ大容量の高速回線を全国に張り巡らすことによって、様々なeビジネスが 生まれ、経済が活性化する」
※韓国ではすでに行われ、日本でも急速に進展している「ブロードバンド構想」はその一つである。
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しかし、日本が目指そうとしているアメリカでは、2001年に経済が失速し、アメリカ型ITモデルでは考えていたよりもビジネスにならない事が明らかになっている。
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21世紀に実りある社会を築くためには、アメリカ・モデルに頼らず、日本流のモデルを創造する事が必要である。
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歴史的に見てもアメリカやヨーロッパの技術・思想を導入してきた日本はそれが現代の日本のトラウマになっている。つまり、アメリカのような独創性が得られず、うまく機能させられないとするならば、それは方法論の問題ではなく、もっと本質的な問題ではないだろうか。
 ⇒  「日本の外側に世界標準―グローバル・スタンダード―が存在する」
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日本人は西欧人に比べ、集団性を重んじる種族である。しかし、現代においては「個人が重要だ」という事が強調され、あるいは「アメリカのようにならなければいけない」という主張が叫ばれている。しかし、日本人が個人として強くなる事は意識改革や構造改革によりどうにかなる問題ではない。遺伝子レベルにおいて、全体としてみれば日本人は個人レベルで戦うことに弱く、アメリカ人は強いという傾向があるという事実が存在している。
   ↓


結論@

  アメリカ追従思考は時代遅れであり、むしろ日本にビル・ゲイツのような鬼才がいないにもかかわらず、ここまでやってきた事をもっと評価するべきである。アメリカに比べ、資源も国土も人口も少ないにもかかわらず、日本はアメリカに次いで世界第二の経済大国になった。これはアメリカと同じ事をやっていてもなし得ない。つまり、アメリカとは違う日本モデルがあったからこそ、大きな成果が生まれた。まずは日本に対するリアルな認識から出発しなければ、どうあるべきかを考察・議論しても空論になる。これが基本的な考え方である。日本モデルを研究し、それを時代に合わせるように成形していく方が良いのではないだろうか。

   ↓

問題点@

  独自の日本モデルを成形していくにあたり、日本には問題点がある。それは日米両国を比較すると顕著にあらわれる。日本に欠如しているのは、@先を見通す理念Aそれをどう実現していくかの戦略、である。何を目指すのかをはっきりさせないと、結局、オールラウンドで1になろうとしてしまいがちである。そして最後は苦し紛れに「理想はアメリカ」としてしまうのが今の日本の特徴である。
   ↓
それでは日本のITに関する政府の打ち出した戦略とは何か。
「我が国が5年以内に世界最先端のIT国家と成る事を目指す」

   ↓
要するに、5年でもってアメリカに追いつき、追い越せという「また、アメリカ」戦略である。そこで示されているのは、超高速インターネット網を全国に構築するというアメリカ・モデルの後追いになっている。
   ↓
日本の未来に光明を見出す手立ては存在しないのか
   ↓
幸いな事に、政府の方針に振り回される事なく、日本ではアメリカと異なる道が民間レベルで台頭している。つまり、「高速インターネット回線を引き、パソコンをばらまいて、リッチなコンテンツを流す事によって、ビジネスを成立させる」というアメリカ・モデルではなく、文字ベースの質素なコンテンツでも「そのときに、その場で情報を得る」というモバイル的利便性をビジネスにするモデルが成功してきている。世界がアメリカ・モデルに追従している中で、日本のモバイル主体モデルの成功は異彩を放っていると考えられる。日本はその競争優位をもっと自覚するべきである。
   ↓

  • インターネットに接続できる携帯電話
    ⇒現在の数倍から数十倍の速度で通信できる携帯電話システムが近々世界に先駆けて導入される。
  • 驚異的な3D動画能力を駆使した低価格なゲーム機
  • 最先端の次世代液晶技術
  • 高性能電池技術                         and more…

    ※インターネット接続機能などを持つ高性能携帯端末の需要の多くは日本市場に限られており、世界レベルでみれば、高性能端末はやっと市場に送り出されたばかりで普及はこれからである。


結論A

  モバイルには日本の未来がある。ここでの「モバイル」とは携帯電話だけでなく、身の回りにある家電製品が高性能になりネットワークに対応する事から生まれる非PCの市場を指している。




〈要点〉
  • IT、情報技術は、これからの世の中を変えていく大きな力となる。デジタル化された情報は凡庸的なものであり、あらゆるものに影響を与える可能性を秘めている。

  • 今回のITブームは企業だけでなく、個人レベルに大きな影響があった事に注目すべき。

  • 世界中の人々が双方向にネットワークで瞬時に結ばれる事だけでもその影響力は大きく、これから数十年にわたってその効果は確認されていく。

  • 高速インターネット網のようなインフラをくまなく整備したからといって、必ずしも景気回復にはつながらない。 ・ アメリカ追従思考は時代遅れで、日本独自のモデルを成形していく必要がある。日本のモバイルを追求する事によって日本の未来像を垣間見る事ができる。

  • ITが可能にするのは「効率化」が基本であって、無限の成長をもたらす魔法のようなものではない。ITとともに永続的な成長ができるというのは大きな幻想である。

 

〈下巻へのつなぎ〉
  • 非PCへの具体的なアプローチ
  • インターネットがPCを不要にする
  • どこでもコンピュータの世界
  • アジアにおける日本の役割
  • IT革命次なる展開と課題
  • 日本モデル確立のために                        etc.
 
参考文献
  • 『ポストメディア論―結合知に向けて―』著 デリック・ドゥ・ケルコフ NTT出版
  • 『iバイオテクノロジーからの発想』著 石井威望
  • Newsweek(日本版)
  • 日経PC
  • 日本経済新聞