視覚の癖

発表日:平成13年 月 日
発表者:古田 裕也
〈研究動機〉

  前期の研究テ−マは『色と色の心理・生理現象』であったが、今回からは研究テ−マを『視覚』というものに広げることにする。なぜならば、色は色そのものでは、存在せず、何かの色というもので存在する。例えば、住居の色、電車の色、車の色、服の色、携帯電話の色・・・。同じ色であっても、その形によって、人々が受ける印象は変化する。つまり、人間の視覚を解明していかなくては、色の特性を十分には発揮できないのである。それ故、研究テ−マを色というものに固執するのではなく、視覚という枠にまで広げることにした。

そして、今回は視覚の中でも人間が持っている"癖"について学ぶことにする。

〉・・・偏った嗜好または、習慣。いつもそうであること。

  人々は様々な"癖"を持っている。座り方、食事の仕方など、その"癖"は十人十色である。もちろん、視覚においても"癖"は皆違う。好きな色ばかりが、まず初めに目に飛び込んでくるだろう。しかし、下図において、図Aが暖かく、図Bが冷たく感じるという"癖"はほとんどの人の間で共通の"癖"である。

〔A〕 〔B〕

  色覚において、他にも補色を使った残像現象やプルキニエ現象などがある。そして、視覚にも、そういった共通の"癖"がある。これから挙げるような色覚の"癖"を、応用すれば部屋のインテリア、都市の建設、商品の販売戦略、などに大きく活用できることであろう。

 

〈研究内容〉

  視覚における"癖"とは、どのようなものがあるのか?大部分の人々が持っている"癖"は以下のものである。

@ 丸、三角、四角の順にみえる。

テスト:)この図の中にどんな形があったか?
『視覚のいたずら』参照

  丸、三角、四角の形を混ぜ合わせたものを同時に見てみると、80%の人が「丸、三角、 四角」の順に答える。(洋裁学校デザイン科にて検証)つまり、丸という形にまず、目がいくのである。なぜ、目がいくのかということは解明されていないが、古来より人間は丸い太陽を崇めてきているという考えや、能率主義的な直線構造により人々は直線に疲れ、丸みを求めてしまうという考え方から解明していくこともできるのではないか・・・。人々はこの目立つ癖をうまく活用し、企業のマ−ク等にしている。企業マ−クはいかなる状況であれ、自己をアピ−ルすることが重要である。企業マ−クで一番多いものは丸い地球をかたどる等の円形である。次に多いのが翼をV字型に広げた鳥といった三角にまとめたものである。
  また、日本の家の紋章(家紋)を調べてみると、そのほとんどが円の中におさめられているものである。日本の紋章は現在約4500種ほどもあるが、そのデザインの70%程が円形、もしくは円に近いものである。これは、昔から日本人が円満とか円滑など、角がたたず、丸くおさまることを好むからであろう。それと同時に、紋章は目立つことも目的であったので視覚の'癖'を応用したのである。目立つということは戦場などの多くの人々が入り乱れるところでは自分の活躍ぶりを天下に示すための宣伝マ−クになる。西洋でも紋章が同じように使われたが、西洋の紋章は家柄の説明図になりすぎて、当初の目立つパタ−ンよりも内容を重視したことにより、意味が先行し、目立つデザインではなくなってしまった。  


A 人は尖った先を見る。

  人は天にあこがれ、天を崇めてきた。それ故、地上から天の方向に尖った先を向ける三角形の先を見てしまうのである。三角形は円形のように方向性のない形よりも知覚力を持っている。底辺が短い鋭角のものであれば、威厳は失われるが、その分、指向性が増すのである。その先端に十字などをつけているキリスト教会の屋根などは天を示す矢印のような役割もはたし、遠方からも目立つのである。
  また、注目をより集めたい場合は逆三角形が有効的である。逆三角形は存在しにくい、そして、不安定である。それ故、上向き三角形よりも注意が集まる。この能力を使った人々がいる。それは、かつてのフランス大統領ドゴ−ルであり、彼は演説の前には必ず両手を上に挙げた逆三角形のポ−ズを作り自己顕示をした。この逆三角形は目立つ代わりに不安定であるので、親しみが永続しにくいのである。
  それ故、三角形と逆三角形を組み合わした菱形が使われることが多い。この菱形は二つの三角形の効果を同時に持っている形である。日本の紋章において菱形が円の次に多い理由である。また、現在では交通標識に多く使われている。

 

B でたらめの無意味な組み合わせに、人の心はひかれる。

  どうしてもつながらない相互関係が目の前に突然共存して出現すれば、たちまち脳の計算機が狂ってしまい、戸惑うが、「これはおもしろい!」と共鳴してしまうのである。それは、人の心を瞬間釘づけにする効果がある。ダリ画伯の作品の中には、固いはずの時計が飴のようにグニャグニャで、電話器から水滴がたれていたり、卵の中から芽が出て花をさかせていたりというシュ−ルリアリズムがある。シュ−ルリアリズムという異質な組み合わせが好まれるのも、こうした"癖"があるからである。

 

C 立っているものに注意が向く。

テスト:)図のタテ線とヨコ線はどちらが長く見えるか?

  答えは、タテ線とヨコ線は同じ長さである。同じ平面にタテとヨコの描写があると、立体感を失ってしまうからである。その錯覚でタテ線が長くみえるのである。

  雑誌に女性の写真を載せるとする。できるだけ派手にしたければワイドに見開きペ−ジを使用して女性を横に寝かせた方が・・・。と考えがちだが、意外に立っている方がスラリと高く見える。また、販売戦略で、同じ長さのものをより長く見せたい場合は、片方を寝かせ、長く見せたいものを立たせると効果がある。それと同時に、膨張色を使い、よりいっそう、大きく見せることも出来るのである。その場合、商品のイメ−ジを無視した色を使うことは逆効果になってしまうことを忘れてはいけない。

 

D まず左から見て右を見る。

  人の視線は、まず左から見る"癖"があり、それから右の方へと視線が移動する。劇場で、幕が開き舞台がパッと明るくなった時に観客の視線は中央よりもやや左の方つまり、下手の方にまず向けられる。伝統ある歌舞伎で花道が中央でなく、左手にあるのも長い歴史の中でとらえた観客の目に従ったのである。 見上げたりする視線は、左下から右上に向かって見上げ、見下ろしたりする視線は、左上から右下に向かって見下ろす"癖"がある。この視線の"癖"を応用した演出はすべての分野に通用する。例えば、空中に浮かぶ風船や飛行機などの写真をレイアウトする場合、それがより軽く、より高く感じさせるためには、画面のやや右上にくるようにすればよいのである。なぜならば、見上げる場合は、左下から右上に見上げる視線の"癖"があるから、よりいっそう、軽く、高く見えるのである。その逆に、重いものをより一層、重く感じさせたい場合は、右下に置けばいいのである。なぜなら、見下ろす場合は、左上から右下に視線が移動するからである。 例えば、同じような商品が並ぶコンビニエンスストアやス−パ−のチラシでは、この視線の"癖"をうまく活用している。人の視線は上下左右に、何かがあるとZ型に視線を動かす。Z型とは左上→右上→左下→右下の順に視線が動くことである。この"癖"を使うと、定番商品を視線の最後である右下に置くことで、売れ行きが良くない又は、発売仕立ての新商品をもまんべんなく見てもらえるのである。また、その視線上に目玉商品を配置するだけで見る者の受ける印象さえも変化する。

 

E 傾斜をさせると活動的になる。

  同じ写真などをレイアウトするとき、それが動きを示すものであれば、傾斜させればいいのである。同じ乗馬の絵でも傾けた方は、駆けているようにみえるが、そのままの垂直にレイアウトしたものは止まっているか、ゆっくりと歩いているくらいにしか感じられない。スポ−ツとか高速の乗り物などの写真レイアウトでこの方法を用いると、より速く、より活動的な効果を出すことが出来る。また、傾斜は不安である。不安なものは気になり、気になるものは目立つのである。

 

F 手前よりも遠方をまず見ようとする。

  平面上に同じ大小を並べると、それが平面上にも関わらず、大は近く、小は遠方にあるように感じるものである。それは、絵画における空間表現の法則の一つだが、このような一種の錯覚を利用して平面上に遠近感をつけて、人が遠方をまず見ようとする癖をつかむことも出来る。
 一つの商品写真を見せる場合に、その写真一枚だけを見せるのもよいが、その同じ写真に大小をつけてレイアウトし、全体の画面に奥行きをつけて見せるやり方も一法である。その場合、手前に感じる大きい絵が邪魔と思うのは間違いで、大きい絵は、遠方に見える小さな絵を強調するのに必要なのだ。それに、人の視線には"癖"があるので、たとえ平面上でもまず錯覚による遠方の小さな絵に注目してしまう。

 

G 吸引力のあるデザイン

  中心があって、その点から放射してひろがる線があると、人は、その線の行方を外に追わないで中心点へと目を集中してしまう。一時的にパッと売り出す広告作品にはこの方法が、しばしば使われる。しかし、吸引力が強ければ渦の中に吸い込まれることへの恐怖感があるので、人の目もそれだけ、疲労感を受けることになる。

 

 

〈用語解説〉
残像現象・・・

緑のウサギを暫く見つめ、その後に背景が白の籠の絵を見ると、そこにはあるはずの無い赤いウサギが見える。これは、色相環において、その色とまったく逆の色、つまり補色にあたる色を見せることで目に疲れをためさせないようにする現象である。補色には、緑⇔赤、青⇔黄、白⇔黒などがある。

プルキニエ現象・・・

明るさによっても色の見え方が変化する。例えば、赤と青の2色を見た場合、明るい所では赤の方が目につきやすいが、暗くなるにつれ青色の方がみえやすくなる。

シュ−ルリアリズム・・・超現実主義。

膨張色
・・・赤などの色は暖かく感じる。そういった色をこのように呼ぶ。

 

 

〈考察〉

  人間には様々な視覚の"癖"があることが分かる。色覚においても残像現象やプルキニエ現象、などの現象や膨張色、収縮色といった色が持つ効果など、知らず知らずのうちに影響されている。ここで挙げただけでも、8つの癖が見つかった。その癖が、人々全体に共通していなくても、社会の中では、それらの"癖"をうまく活用したデザイン、広告、建築、販売戦略などが繰り広げられている。また、機能・値段などが差を見せなくなった現代では、形・色が人々の心を大きく動かしている。それ故、これからの時代は、形・色を含めた視覚の"癖"を活用したデザイン戦略がますます、活発化することが考えられるだろう。そのときに、街には広告があらゆるデザインで氾濫し、それが、街の景観を損なうことも問題になりそうである。

デザインにおいて、視覚だけのデザインにもそのうち、限界が来るかもしれない。そのときは、触覚などの五感も同時に使用されるだろう。現に、私達は何かを購買するときには、視覚だけではなく、触覚や聴覚の影響も同時に受けている。

 

 
〈疑問〉
  • 人の視覚はまわりの環境に影響されやすい。例えば、人の目は傾斜に鈍いことが分かっている。高速道路での事故の多くは視覚による錯覚が原因である。それ故、私達の目はどこまで信頼できるのだろうか?

  • 様々な分野でデザイン戦略が繰り広げられている。それは、もちろん小型の商品から建築といった都市開発にまでいたる。小型の商品は良いが、それが建築といった場合には街の景観は守られるのであろうか?




参考文献

長尾 みのる『視覚のいたずら』、ダイヤモンド社、1985年