コラム1 2・27・2004

麻原彰晃とジャネット・ジャクソン
2004年2月27日は数日間緩んだ寒気が東京の街に帰ってきた。 気持ちのいい青い空が東京の街を包んでいた。 そしてオウム真理教の教祖だった男に死刑の判決が下った。 朝からテレビではその報道が繰り返され、そして下ったその判決に誰も驚かなかったし、 タブロイド紙には予定通り「麻原死刑判決」の文字がでかでかと躍った。 僕はその一報をバイト先で聞いた。バイトの同僚の2、3歳年上の女の子は言った。
「当然だよね。死刑じゃ足りないくらい。被害者はそれじゃあ納得しないでしょ。 手と足をもぎ取って苦しめて殺せばいい。」
僕はその言葉を聞いたとき、なぜだろう、反吐を吐きかけたい気になったし、 殴ってやりたい気持ちになった。勿論僕だって死刑が妥当だと思っているし、それを否定しない。 しかし、そういう事ではない気がするのだ。僕は
「麻原彰晃が死刑だ。万歳。万歳。」
という気持ちにはなれない。それはなぜだろうかと考えてみる。
 麻原彰晃、そして彼が作った教団の問題は戦後の日本が闇のようにタブー視してきた宗教という問題の一端であると思うからだ。 戦前の日本では天皇が絶対的な神であり、臣民は天皇を崇拝していた。 しかし戦争が終わり、神は人になった。民衆は神という絶対的な価値観を失い、 またその発展の中で神秘的なもの、非科学的なものを否定し、心の問題を遠ざけ、 宗教と言うものをタブーとし、蓋をして視界に入らないような社会を作った。 心という神秘的で非科学的な領域に目をそむけることができず、またそういう社会に溶け込めなかったアウトローを 吸い寄せたのが麻原彰晃という一人の神であった。つまりそういったある枠組みを作りそこにうまく適合できないものを 追い出していった私達一人一人がオウム真理教を作り、またその暴走を生み出す源流を作ったのではないかと思う。 誤解を恐れないで言うならば、我々一人一人がむしろ加害者なのではないかと思う。
 現代社会の諸問題の原因は、こういった戦後、もしくは戦後の社会が過渡期に入った中で生まれたタブーによって蓋をされた黒く、 よどんだヘドロのようにたまったところにあるのではないだろうか。 僕が今回考えるもう一つのタブーが「性」の問題だ。それを考えるきっかけとなったのが、 NFLのスーパーボールのハーフタイムのショウでジャネット・ジャクソンが胸を露出すると言う演出をした事件、 そしてその後の騒動である。いつからだろうテレビで女性の裸を見ることができなくなったのは。 青少年への悪影響という決まりきった言葉で規制をし、女性の裸をタブーとしたのは。おっぱいを見ることの何が悪い影響なのか。 それならいっそ授乳を禁止すればいい。悪い影響となっているのは「性」と言う問題をしっかり子供に教えることができない大人 ではないか。学校では名前だけの性教育しか行われず、「性」をタブー化してきた。 このことこそが異常性愛からくる猟奇的な殺人であったり、性モラルの低下と呼ばれる問題につながっているとおもう。 またこの状況が打開されない限り、この問題は濃縮還元され後の世に連環していくのではないかと思う。
 つまり、麻原に死刑判決が下った日に僕が何を考えたのかというのは、「死」や「介護」という少し前ではタブーと されていたことが見直され、今真剣に考えられているように、他にもタブーとされ目を背けてきた問題について再考する時期に なったのではないかということだ。このままではこの腐った社会は何も変わらない。むしろ悪くなっていく一方だ。

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