「坂茂(ばん・しげる) ―作品づくりと社会貢献の両立をめざしてー」

はじめに

 私は最近、就職活動などの関係により、「自分には何ができるのか? 何をしたいのか?」 などということを考えなければならない時期にあります。しかし、私にはなかなかその答えが見つかりません。そうした中で、私の興味を惹いたのが坂茂さんでした。彼は建築家でありますが、単に建築作品を作るというだけではなく、「難民、被災者、社会的弱者に対し、建築家は何ができるか?」という事を常に問いかけながら活動しています。建築家という枠にとらわれず、自分には何ができるのか?と考え、それを実際の社会の中で実行している。私はそういった姿勢に共感し、今回は坂茂さんの作品、思想について調べてみることにしました。

1.紙の建築とは?

@ 紙の特徴
・ 紙は丈夫だ ―安定性機能、高い強度。‘進化した木’と見なせる。
・ 紙は軽い ―建物の軽量化、運搬役見立ての簡便さ。
・ 紙は自然に帰る ―リサイクル可能。
・ 紙は美しい ―鉄やコンクリートとは異なる優しいテクスチュア(質感)

A 紙の建築の歴史
・ 1986年 アルヴァ・アルト展
      →初めて紙管を使い、素材としての可能性と美しさに気づく
・ 1989年 名古屋デザイン博覧会 水琴窟東屋
・ 1990年 ときめき小田原夢祭りメイン会場ホール
・ 1991年 詩人の書庫
・ 1993年 紙の家
      →建築基準法第38条の評定を取得し、恒久的な主体構造としての使用が認定される。

・ 1995年〜 阪神・淡路大震災の仮設住宅、 アフリカの難民用シェルターへと応用。

2.マイノリティー層のための紙のシェルター計画

  @in 神戸
   1995年1月17日早朝、阪神淡路地区を襲った大震災による大規模な被害。坂茂さんは「何かお手伝いができないか?」と思い、現地に駆けつけた。

・ 紙の教会
震災によって崩壊した鷹取教会の跡地で青空の下、さまざまな国籍の人が心を一つにしてミサを行っていた。この教会のために働きたいと思い、神父に紙の建築による仮設教会を提案。住民が集会所として利用できるものを建てよう、と計画がスタート。義援金、ボランティアの協力により、多目的に使われるコミュニティーホール“紙の教会”完成。

・ 紙のログハウス
震災後、6月になっても仮設住宅に移ることができず、公園での生活を余儀なくされている人たちがいる。そこで、“紙のログハウス”を急遽設計、30軒の仮設住宅が作られた。
メリット:材料費が安く、必要分の部材を現場で調達することも可能
     素人でも短時間で組み立て可能、解体しやすく、リサイクル可能

Ain Africa
 1994年、ルワンダの内戦により200人近くの難民が発生した。
・国連からプラスチックシートしか与えられないため、難民たちはテントを作るために、自分たちで木を切ってシートを支えるフレームを作る。
・料理や暖房にも木材を使う。
→大量な木が必要、森林伐採という深刻な環境問題を引き起こしている。

「紙の建築」の技術を利用した「紙管」をシェルターの枠組みの代替材料として使えないか、と考えた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のシェルター担当のノイマンさんとともに研究、開発。現在、ビュンバの難民キャンプで50軒の紙のシェルターを実際に使ってもらい、耐水性、耐久性、シロアリの問題などモニタリングをしている。

3.新たな可能性

@ ハノーバー国際博覧会の日本館 (2000年)
 設計コンセプト:世界環境への提言と日本の伝統の新しい展開を表現
特徴
・“紙のパビリオン”
・建設から解体・リサイクルまでのストーリー
→従来、建築設計では建物竣工時を完成と考えるが、この仮設建築である“紙のパビリオン”は建物の解体後に完成する。
Ex. 建物の解体後に産業廃棄物や廃材の消却によるダイオキシンを出さない。
     建築材は、ドイツ国内でリサイクルされた紙管を使い、解体後はドイツの紙管メーカーにより買い取られ再びリサイクルされる。

A グラウンド・ゼロ
2001年9月の米中同時多テロで崩壊したニューヨークの世界貿易センタービル周辺の跡地利用案として、坂茂さんが所属する「THINK」の計画案“世界文化センター”が最終設計2案に選ばれた。
特徴・約500メートルの超高層ビル2棟は空中回路で結ばれ、ビルには大劇場や博物館、会議場などを配置。
  ・ テロの悲惨さを将来に伝え、米国とニューヨークが持つ文化の多様性を表現することをコンセプトとしており、米メディアは“21世紀のエッフェル塔”と表現。
c.f.もう一つの設計案
  ドイツのグループ「スタジイ・ダニエル・リベスキンド」
  鋭角的な高層ビルを幾何学的に配置し、“米国のバイタリティー”を表現。

B 空間の追求
・ 家具の家 (1995年)
―家具を構造体とする。壁や柱がなく、幅90センチの高さ2メートル40センチ、奥行き45ないし、75センチの家具が屋根を支えている。
・ カーテンウォールの家 (1995年)
―カーテンを使って壁にする。外部カーテンとガラスの引き戸を用い、様々な場面に応じて空間を閉じたり開いたりすることができる。
c.f. 日本家屋のフレキシビリティ
・ 壁のない家 (1997年)
―建築の基本エレメント、柱、壁、床などの意味を明確に考えようということを、テーマとしている。

まとめ

 以上のように、坂茂さんは、「難民、被災者、社会的弱者に対し、建築家は何ができるか?」という事を考え、作品作りと社会貢献の両立を目指して活動してきました。私はそれを知った時、建築家、という立場を人のために役立てている坂茂さんをすごいなぁ、偉いなぁ、と思いました。そして、自分も社会に対して何か働きかける事が出来るようになりたい、と考えました。しかし、いきなり何かをやろうと思っても何もアイディアは浮かびません。また、本当に私に社会貢献なんて大きな事が出来るのだろうか、と疑問に思いました。そんな中、私は坂茂さんの言葉の中に次のようなものを見つけました。「ボランティアは誰のためかということで悩んだ」「悩んだ結果、結局ボランティアは自分たちのためにやっているんだ」また、「マイノリティーの人たちのための建築というものも非常に人道的には重要な話だし、それから技術開発としても非常に自分の興味になってくる、そういう2つのモチベーションがあったからこそ活動が長続きしているのだと思います」、とありました。私は、これらの言葉を読んだ時、何をやるにしても行動する時には、やらなきゃいけない、とか、やるべきだ、というような強迫観念でやるのではなく、やってみたい、やったら面白そうだな、のような、自分の興味・関心が一番重要なのだと感じました。これは当たり前の事かもしれないけれど、改めて実感しました。そして、個人的な事なのですが、就職活動において、私は有名企業に入れればどこでもいいや位にしか考えていなかったのですが、今回の発表を通して、自分がやってみたい仕事はなんだろう、ということをもう一度考えてみようと思いました。

参考文献

・川越光夫『坂茂 プロジェクツ・イン・プロセス −ハノーバー万博2000日本館までの歩み』(TOTO出版、1999)
・VAN―Voluntary Architect’s Network
http://www.dnp.co.jp/millennium/SB/cover.html
・東西アスファルト事業協同組合
  http://www.tozai-as.or.jp/kouen/