2004年1月17日 

                      森村・川村ゼミ 2003年度 ゼミ論文

「作品作りと社会貢献の両立を目指して」


法政大学 第一部
国際文化学部 国際文化学科
森村・川村ゼミナール
3年B組 01G0110 真中拓美





「作品作りと社会貢献の両立を目指して」

目次

はじめに ― p.3

第一章「紙の建築」とは何か?

第一節 紙の特徴― p.3,4
第二節 紙の建築の歴史― p.4,5

第二章 マイノリティー層のためのシェルター計画

第一節 阪神・淡路大震災 ― p.5
第二節 アフリカの難民用シェルター ― p.6

第三章 新たな可能性

第一節 ハノーバー万博2000日本館 ― p.6,7
第二節 空間の追求 ― p.7

第五章 企業の社会貢献活動

第一節 「社会貢献」とは何か? ― p.8,9
第二節 社会貢献活動の内容 ― p.9
第三節 社会貢献のメリット ― p.10,11

おわりに― p.11,12


参考文献― p.13







はじめに

 近年、ボランティアや社会貢献という類の言葉をよく耳にするようになった。NGOやNPOが注目されるようになったのもごく最近のことである。なぜ、今この時期にそれほどまでにボランティアや社会貢献が注目されるようになってきたのだろうか。それらは、いつごろから社会に広がってきたのだろうか。また、何のためにボランティアや社会貢献を行っているのだろうか。そこには何らかの要因が存在しているはずである。そこで、私は第一章から第三章にかけては、ボランティアとして社会に貢献できる方法を模索している建築家、坂茂(ばん しげる)の活動に注目してみることにした。坂茂は、阪神・淡路大震災の被災者たちのための「紙の協会」や、「紙のログハウス」、そして、アフリカの難民のための「紙のシェルター」など、マイノリティー層のための建築を行ってきた。また、ハノーバー万博2000日本館においては、環境問題を考えた上で、産業廃棄物ゼロの建築を目指してきた。このように、彼は単に建築物を作るだけではなく、建築家として自分には何が出来るのだろうか、ということを問いかけ、作品を通して実行してきた建築家である。私はまず、彼の活動を通して、ボランティアとして出来ることについて考えてみたい。また、坂茂は建築家として個人的に社会貢献を行ってきた。しかし、社会貢献には個人による活動だけではなく、企業による活動も存在している。そこで、第四章においては、企業による社会貢献活動のありかたについて述べていく事にする。
 私は、今回の論文において、坂茂の活動と、企業による社会貢献活動について言及することを通して、なぜ、今これらの活動が求められているのか、その背景と、これら社会貢献活動のもつ意味について考察を進めてみることにする。

第一章 「紙の建築」とは何か?

第一節 紙の特徴

 「紙の建築」と言っても、なかなか想像が出来にくいかもしれない。紙で本当に建築ができるのか?これは、誰しもが抱く疑問であるだろう。しかし、紙の建築は実際に可能なのである。坂茂が実行した「紙の建築」とは、紙管つまり紙の筒を構造材として使う建築のことである。この紙管というものは、特殊な材料ではなく、私たちの身の回りに多く使われている。例えば、トイレットペーパーの芯やファックスのロール紙の芯や賞状入れの筒などがそれに当たる。では、何故紙管を使うのか?紙を使うメリットとしていくつか挙げる事が出来る。第一に、紙は丈夫である。再生紙を用いて作られる紙管は、工業製品として安定した機能を有し、高い強度を誇る。また、日本の伝統的な番傘が紙で出来ていることや、壁紙に使われていることからも分かるように、紙を防水処理や難熱化することができる。第二に、紙は軽い。紙管は構造材としては、鉄やコンクリートはもちろん、木材と比較しても数段軽く、建物の軽量化、運搬や組み立ての簡便さなど、メリットが大きい。第三に、紙管は生産が簡単で、加工も容易である。また、何よりもリサイクル可能なので、材料調達や残材処分に際して環境破壊を引き起こす可能性が少ない。そして、最後に、紙は美しい。円筒状の紙管は簡素で力強い美しさを備えており、また、鉄やコンクリートとは異なる優しいテクスチュア(質感)を持っている。このように、紙ならではのメリットが多々あるのである。 しかし、それでもまだ、鉄やコンクリートの方が構造材として適切なように感じるかもしれない。確かに、材料自体の強度を見たときには、紙よりも鉄やコンクリートの方が強いかもしれない。しかし、材料自体の強度とそれを使った建築自体の強度とは無関係なのである。例えば、阪神大震災で、鉄筋コンクリートの建物が倒壊しても木造の住宅で被害のないものがずいぶんあった。建築の強度とは、それぞれの材料を使いどう建造設計をしたかにかかっているし、建物自体軽ければ耐震面でも有利なのである。また、木を使った伝統的木造建築のなかに500年以上も経ったものがあるように、材料自体の耐久性が劣っていてもメンテナンスによって建築の耐久性は確保できるのである。つまり、弱い材料を弱いなりに使うことによって、より強い構造を作ることも出来るのである。その意味でも、紙管を使った建築には、新たな可能性を見出すことが出来る。

第二節 紙の建築の歴史

 坂茂が初めて紙の建築を実行したのは、1986年のアルヴァ・アアルト展であった。アルヴァ・アアルトはフィンランドを代表する建築家であり、モダンな中に地域性を生かし、自然な素材と有機的な曲線を駆使した建築を作っていた。そのアアルトの展覧会が日本で企画された時、会場構成を担当した坂茂は、なんとかアアルト的なインテリアを作りたいと考えた。しかし、限られた予算の中でふんだんに木を使うことは出来ないし、仮に使えたとしても三週間ほどの仮設の展覧会が終わって撤去するとき、使い終わった木を捨ててしまうのは“もったいない”ことだと思った。そんな時、たまたま置いておいた紙管に目が留まった。調べてみると、ローコストで自由な長さ、厚み、径の紙管が作れることが分かった。そこで、アアルト展の会場の天井、壁、展示台を紙管で作る試みをしてみた。そして、紙管を実際に使ってみると、思った以上に強度があり、もしかしたら建築の構造材に使えるのではないか、とひらめいた。これが「紙の建築」の始まりである。
 アルヴァ・アアルト展で初めて紙管を使い、素材としての可能性と美しさに気づいた坂茂は、その後も紙を建築の中に取り入れていった。1989年の名古屋デザイン博覧会の水琴窟東屋や、1990年のときめき小田原夢祭りメイン会場ホール、1991年の詩人の書庫を経て、1993年の紙の家で、建築基準法第38条の評定を取得し、恒久的な主体構造としての使用が認定された。これによって、紙の建築を恒久的、または大規模建築に使用することが可能になった。そして、その後も坂茂による紙の建築は阪神・淡路大震災の仮設住宅や、アフリカの難民用シェルターへと応用されていったのである。

第二章 マイノリティーのための紙のシェルター計画

第一節 阪神・淡路大震災

  1995年1月17日早朝、阪神・淡路地区を襲った大地震は、未曾有の規模の被害ももたらした。建築家である坂茂は、自分にはいったいなにができるのだろうか、と思い、とりあえずなにか手伝わせてもらおうと震災後の神戸に向かった。そして、ボートピープルと呼ばれるベトナム難民が多く集まっていると聞いて、長田区にある鷹取協会を尋ねた。そこでは、青空のした、さまざまな国籍の人々が心を一つにしてミサを行っていた。この鷹取協会は、協会自体が全面的に被災しているにも関わらず、地域振興のためのボランティア基地となっていたのである。そこで、坂茂は、この協会とそこに集まる人々のために何かしてあげたい、と思い、神父に紙の建築による仮説建築の提案をした。聖堂再建は当分考えていないが、ボランティアの手で作れ、住民が集会所として利用できるものならば建てたい、ということで計画がスタートした。建設費の義捐金集めと建設ボランティア募集を行うかたわら設計を進め、7月末に着工。学生を中心とした160人の建築ボランティアの人たちと協力し、9月10日に「紙の協会」が完成した。
  また、震災後、6月に入っても多くの人々が仮設住宅へは移らず、公園で貧しいブルーシートのテント生活をしていた。彼らは、通勤や子どもの通学の問題から、遠くはなれた仮設住宅に移ることが出来ず、公園でのテント生活を余儀なくされていたのである。しかし、雨が降れば床は水浸し、天気の日には室温が40度にもなる非衛生的な生活をつづけていくわけにはいかない。また、公園がスラム化するのを危惧し始めた近隣の人々や、行政側は。公園でテント生活をする人々を早く立ち退かせたいと考えるようになっていた。そこで、坂茂は、公園でテント生活を余儀なくされている人々のために、衛生的な生活が出来る家であり、また、計画的に配置された見た目もきれいな仮設住宅を供給する必要があると考えた。そこで、急遽紙を使った仮設住宅として「紙のログハウス」を設計した。そして、ベトナム人と日本人用に計30棟がボランティアの手で作られた。また、坂茂によって、考え出された紙のログハウスには、災害時の仮設住宅として多くのメリットがあった。例えば、他の仮設住宅、例えばプレファブやコンテナと比べても、材料費が安く、必要分の部材を現場で調達することも可能であり、素人でも短時間で組み立て可能である。また、従来の仮設住宅では、解体が難しく、残材処理に費用がかかるが、ビールケースと再生紙の紙管を使ったこの紙のログハウスは、解体を素人でも短時間に出来、紙管は再び再生紙となり、ビールケースはビール工場へ返却しリサイクルされるのである。これらは備蓄する場所を考える必要もないことから最大の利点となるのである。

第二節 アフリカの難民用シェルター

 1994年、ルワンダのフツ族とツチ族による民族紛争で200万人以上の難民が発生した。その難民キャンプにおいて、難民たちが毛布に包まって震え上がっている一枚の写真を新聞で見た坂茂は、シェルター改善の必要性を感じ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に断熱性能のある紙管のシェルターの提案をした。当時、UNHCRは、難民たちにシェルターとしてプラスティックシートのみを与えていた。しかし、九月になってルワンダの近隣地域が雨季に入って気温が低くなってくるとプラスティックシートだけでは風雨が防ぎきれず、肺炎がはやり始めていたのである。これは、それまで蔓延していたこれらが医療活動のおかげでやっと一息ついたと思った直後の出来事であった。そこで、シェルターの改善をしないとせっかくの医療活動が無駄になってしまうと感じたのである。しかし、坂茂が紙のシェルターの提案書をUNHCRのシェルター関係のプランニングをしているドイツ人のウォルフガング・ノイマン氏に見せたところ、この提案は現実性がないと言われてしまった。その理由は、一家族一軒のシェルターに約30ドルの予算しかないこと。また、あまり住み心地の良いシェルターを与えると、難民が定住してしまう可能性があるので、最低限のものしか与えられないというUNHCRの方針であった。
 しかし、ノイマン氏は、全く別の視点で「紙の建築」に興味を示した。その頃、難民キャンプでは森林伐採が深刻な問題になっていた。UNHCRでは、難民にプラスティックシートしか与えていなかったので、難民たちは周囲の木を伐採してシートをかけるためのフレームを作っていた、200万人以上もの難民が、一斉に森林伐採を始めたことにより、環境破壊へと発展していたのである。そこで、この木に代わる代替材料として紙管の可能性を考えたのである。そこで現在は、UNHCRと共に紙管の研究・開発を進め、ビュンバの難民キャンプで50軒の紙のシェルターを実際に使ってもらい、耐水性、耐久性、シロアリの問題などのモニタリングを進めているところである。

第三章 新たな可能性

第一節 ハノーバー万博2000日本館

 環境問題が最大のテーマとなっている、ハノーバー国際博覧会の日本館の設計コンセプトは、趣旨である世界環境への提言と日本の伝統の新しい展開を表現したものであるべきと考えた。そこで、坂茂は、これまで10年間かけて開発してきた再生紙の紙管を構造として使う紙の建築の技術を用いた“紙のパビリオン”を作ることにした。さらに、このパビリオンには紙で作られる以外にもう一つの特徴があった。それは、設計から解体、リサイクルまでのストーリーである。従来、建築設計では建物竣工時を完成と考えるが、この仮説建築である“紙のパビリオン”の設計ストーリーは建物の解体後に完成する。つまり、建物の解体後に、産業廃棄物をゼロに近づけることを一つのテーマにしているのである。例えば、建造財は、ドイツ国内でリサイクルされた紙で出来た紙管を使い、解体後はドイツの紙管メーカーにより買い取られ、再びリサイクルされる。基礎には、レンタルの仮設材と重りとして石や砂を使い、廃棄出来ないコンクリートは使わない。これらの工夫により、産業廃棄物を出さないと共に、施工費を安く、後期を短くすることも出来るのである。

第二節 空間の追及

  坂茂は、これまで見てきたような紙管を使った建築の他にも、空間を追及した新たな建築を提案しているので、ここではその作品についても触れてみることにする。
  一つ目の作品として、1995年の「家具の家」を取り上げてみることにする。この家具の家は、家具を構造体とする建築物である。この家は、壁や柱が無く、幅90センチの高さ2メートル40センチ、奥行き45ないし、75センチの家具が屋根を支えている。なぜ、このような家具による家が作られたのか。坂茂は、神戸で自身が会ったとき、家具の重要性を強く感じた。多くの人が倒れてきた家具によって怪我したり、無くなったりしている反面、家具と家具の間にいたために屋根が落ちて来たときに命拾いした人もいた。そこで、どれだけ頑丈なのだろうと思い実験したところ、ものによっては十分それ自体で住宅の主体構造になるくらい強いということが分かり、最初から家具を構造体とした建築を思いついたのであった。家具を壁の代わりに使うことによって、これは、内外壁断熱も仕上げも完了した家具を、機械化された家具工場で作り、現場に搬入するやり方で作れる。家具のユニットは一つ一つが小さいため、運搬、建設時にトレーラーやクレーンを必要とせず、簡単に組み立てることが出来る。さらに、隣部屋との境も、壁一枚より家具があれば音が伝わりにくいというメリットもある。
  二つ目の作品として、1995年の「カーテンウォールの家」を取り上げてみる。この家は、その名前の通り、カーテンを使って壁にした建築である。伝統的な日本の家は、襖や障子を全て開放すると、内外の空間が連続する。こういった解放的でフレキシブルな日本的な住宅の特徴を生かした建築が、このカーテンウォールの家である。この家においては、襖や障子の変わりに、外部カーテンとガラスの引き戸を用い、さまざまな場面に応じて空間を閉じたり開いたりすることが出来る。坂茂はなぜこのような家を考えたのか。それにはある理由があった。この家の施主がもともと古いけど魅力的な日本家屋に住む方だった。そして、その家において、開放的でフレキシブルな日本的な住宅の住まい方を楽しんでいた。そこで、新しい家においても、彼らがもともと行っていた生活のパターン、クオリティをなんとか維持継承したいと思い、このカーテンウォールの家を思いついたのである。ここには、坂茂の依頼主を思うあたたかい気持ちが感じられる。
  この他にも、「壁のない家」や、「はだかの家」、「ダブルルーフの家」など、坂茂なりの工夫がこらされた、これまでに無い、新たな空間をもつ建築がいくつも作られている。

第四章 企業による社会貢献活動

第一節 「社会貢献」とは何か?

1990年頃から、企業が本来の事業活動以外に「社会貢献」と呼ばれる活動に積極的に取り組むようになってきた。そして、現在ではその活動内容は、音楽や芸術などの振興のための支援活動、ボランティア活動への参加、団体等への寄付、環境保全活動、障害者支援などの人権擁護活動など、幅広い分野で、企業の社会貢献活動は行われ、また、その内容は企業のホームページ上などでも紹介されている。なぜ、企業がこれほどまでに社会貢献をするようになってきたのか。
まず、社会貢献とは、「社会の課題に気付き、自発的にその解決を目指し、直接の対価を求めることなく、そのもてる資源を投入すること」(経済団体連合会の定義による)である。つまり、社会貢献とは、企業が保有している資金、人材、施設、技術力などを用い、広く社会全体の利益への貢献を目指して行う社会参加のことであり、社会貢献活動の三要素は、自発性、公益性、無償性であると定義される。ここで注目したいのは、企業はある特定の目的を実践するために組織された利益追求の団体であるということである。つまり、企業が社会貢献活動をするということは、自らの利益や別のコストを削ってまで、本来の目的とは違った活動をしているということになる。では、それにもかかわらず、積極的に社会貢献活動を行うべき根拠はどこにあるのか。この事に関しては、次のように考えることが出来る。近年の企業は、大きな社会的権力と社会的影響力を有している。雇用している従業員に対してはもとより、地域社会、政府、消費者、株主等に対して、現代の企業が巨大化・多国籍化・複合化すくにしたがって、企業の持つ権力と影響力はますます大きく、多様化してきている。そして、権力や影響力を持つことを、社会から認められるためには、それに見あった、企業本来の活動目的の達成による社会的責任を負わなければならず、その中に本業以外の社会貢献活動も含まれているのである。
では、この社会的責任とは何なのか。まず、第一に、企業の存在意義に関わる制度的責任である。法律を守る、利益を確保する、従業員を守る、などがこれにあたり、最も基本的な責任である。第二に、企業行為の社会的妥当性に関わる倫理的責任である。これは、法律が無くても守らなければならないことである。第三に、倫理的責任よりもっと自発性・道義性の強い、社会の要請に応えなければならない社会貢献責任である。社会的責任は、以上のような三つの階級に分類することが出来ると言われている。そして、この三つの社会的責任には、階属性があり、より基本的な責任を果たさないうちは、次の責任の遂行は出来ないとされている。また、この三つの責任の中に含まれる内容は絶えず変化しており、特に、市民意識の発達した社会においては、これまで社会貢献責任とされたものが倫理的責任へ、また、これまで倫理的責任とされたものが制度的責任へと、より基本的な責任へ近づいていく傾向があると言われている。つまり、企業の社会的貢献責任を、より基本的な責任に近づけ、企業に遂行させる原動力となるのは、市民の自ら社会に参加しようという市民意識なのである。

第二節 社会貢献活動の内容

第一節で述べてきたように、たとえ企業本来の目的とは異なっていたとしても、今や企業は積極的に社会貢献活動に取り組まなければならない状況にある。このことについては、経済団体連合会の「企業行動勲章(1996年)」の中にも、「『良き企業市民』として、積極的に社会貢献活動を行う」として記されている。では、企業は実際にはどのような活動を行っているのか。この活動は、その類型から5つに分類することが出来る。
第一に、産業活動を通じた貢献である。これは、企業が本来の目的である経済活動を進める中で、社会貢献も併せて行うものである。例えば、企業が、部品・原材料等を地元で調達すると言った場合や、企業が大学と共同研究を行うといった場合など、企業にとって、本来の流通経路の変更や企業秘密の公開により、企業にとってコスト増となっても、それが地域産業の振興や学生の育成につながると言った場合がこれに該当する。
第二に、資金提供を通じた貢献である。企業の社会貢献活動の中で最も多いのがこの活動である。社会貢献といっても、なかなか直接活動に参加することが難しいため、社会貢献活動を専門的に行っている団体等に資金を提供することにより、間接的な社会貢献活動を行っているのである。
第三に、企業施設を通じた貢献である。企業は、グランド・野球場・体育館・ホールなど、文化・スポーツ施設を社員の福利厚生施設として所有しているところが多く、その施設を広く開放することで、文化・芸術・スポーツの振興に貢献している。または、工場や農場などで、地域の住民や子どもたちのための見学会や学集会を開催している企業もある。
        第四に、人を通じての貢献である。これは、災害時の復旧活動への派遣や、社外講師の派遣、NPO団体等への出向や、従業員が個人として行うボランティア活動等の社会貢献活動に参加することを企業が支援する場合ある。
 最後に、総合的な貢献である。これは、前述した二から四までの活動が組み合わされたものであり、企業が自主的に企画する社会貢献に関するイベントや行事、環境保全活動などがこれに当たる。この場合、企業は、資金・施設・人材全てにわたって提供している。また、緑化活動や歴史施設・町並みの保全のような長期間の取り組みが必要な社会貢献活動をしている企業もある。
以上のように活動方法によって五つに分類することが出来るが、その活動内容は、社会福祉、健康・医学、スポーツ、学術研究、教育、芸術・文化、環境保全、史跡・伝統文化保蔵、地域社会活動、国際交流・協力、災害救助などと、多岐にわたっている。つまり、それぞれの企業が、それぞれにあった方法で社会貢献活動を行っているのである。

第三節 社会貢献のメリット

 元来、社会貢献とは、利他的なものであり、その活動によって直接的な利益を得ようと考えるべきものではない、とされてきた。しかし、この活動によって、様々な効果がそれを行う企業に対してもたらされることも事実である。では、どのような社会貢献によって、どのようなメリットがもたらされるのだろうか。
 まず、第一に、企業が社会貢献活動を行うことから得られる最大の効果は、企業イメージの向上である。現在、販売促進や、株価の形成にとって企業イメージが与える影響はますます重要になってきている。そして、これらのイメージ形成に与える要素として企業による社会貢献の姿勢が重要になってきている。新聞社や雑誌社が定期的に行う企業イメージの調査項目にここ数年、「社会貢献度が高い」「地球環境に気を配っている」「企業市民として社会的責任を果たしている」といった内容の項目が追加されてきている。こういったことからも、企業の社会貢献活動の企業イメージに与える効果が従来と比べて高くなってきていることがうかがえる。
 第二に、事業領域の拡張である。社会問題と取り組むことは、ビジネスの対象としてのマーケットを見るのではなく、より広い社会を観察することになる。その中には、今はまだ市場として成立していないが、条件がそろえば十分市場として成立すると考えられる潜在マーケットも存在する。この場合、社会貢献活動によって、社会的関与のパイプを拡大しておけば、このような潜在的なマーケットを見つけ出し、そのニーズをいち早く把握することが期待できるのである。さらにその際、社会貢献活動によって蓄積したノウハウによって、新たにこの市場に目をつけて参入を意図する競合企業より有利に競争を展開できる可能性がある。
 第三に、従業員の士気高揚が挙げられる。企業の社会的責任や社会貢献が頻繁にマスコミで取り上げられている今、文化振興や福祉活動に積極的な支援を行っている企業に勤めていることは誇りとなる。
 第四に、企業内の資源の再活性化である。企業は、日々熾烈な競争を行っている。競争に勝ち、生き残るためには常に既存の技術やノウハウを捨て、競争力のある新しいものを取得していかなければならない。そして、この過程において、ビジネスの競争力を失った機会や施設、技術司式や経営ノウハウなどが企業内に蓄積されていく。しかし、このような競争力の低下した経営資源も、ビジネス以外の目的で使用すれば十分役に立つものもある。例えば、開発途上国に対し、技術指導のために講師を派遣したり、機材を提供したりするなど、有効な人的・物質的支援が行える可能性は非常に高いのである。
 第五に、国際化への対応である。企業の海外直接投資は急速に拡大している。しかし、現地社会に受け入れられるためには、現地の雇用を促進して、ニーズに見合った商品を提供し、税金を支払うといった経済的責任を正しく履行するだけでは不十分である。社会との関係のパイプを広げ、より包括的で積極的な社会との交流を行う必要がある。いまや、社会貢献活動は、国際化のためにも必要な活動になっているのである。
 第六に、環境認識能力の向上である。企業は常に社会との関係をうまくやっていかなくては長期的に成長することが出来ない。また、企業は生活者の意識や価値観を把握するために、市場調査を行っている。ところで、社会貢献活動とは、企業と社会との関係のパイプを拡大させることでもある。しかも、そこからもたらされる様々な交流は、市場調査によって得られる情報より多様で複雑なものである。よって、とおりいっぺんの市場調査では分からなかった「現実」を認識することが出来る可能性がある。このように、企業が社会貢献活動を行うことは、環境認識能力の向上に貢献することが期待できるのである。
 このように、社会貢献活動によってもたらされるメリットは多々ある。もし、非営利を強調するあまり、このような副次的な効果さえ発生しないように配慮するならば、社会貢献活動の選択の幅を極端に狭め、活動そのものの誘引を大幅に低下させてしまうことにつながってしまうだろう。よって、社会貢献活動においては、非営利性が重要なのではなく、社会的要請にどれだけ効果的・効率的に対応できるかということが大切なのではないだろうか。

おわりに

 欧米の多くの国が、市民革命によって市民社会を生み出したのに対して、日本での市民社会は、明治維新や第二次世界大戦の勝敗を契機に形成された。これは、いわば上からの市民社会の形成であった。そのため、日本人は欧米諸国と比べて自らの手によって自らのための社会形成、秩序形成を行うという市民意識が乏しかった。社会の形成はもっぱら政府や企業が行うべきもので、自分たちも職業を通じてしか社会に参加できないという意識を多くの人々が持っていた。しかし、近年になってこれらの意識が急速に変化し、生活者自らの手で社会を良くしていこうという意識が高まりつつある。つまり、企業の生産活動を重視するこれまでの社会・経済システムでは、生活者が国や企業の経済規模にふさわしい豊かさを享受できないという認識が急速に広がり始め、このシステムを見直そうという気運が急速に高まってきているのである。国や企業よりも生活者を重視する社会。それは、生活者自らが中核となって社会を形成するという考え方につながる。このような市民意識の高揚、これこそが、ボランティアや社会貢献活動を支えている要因となっているのである。
 つまり、私たちは社会をよりよくしていくためには、自らの手で社会に対して働きかけをしていかなければならない。では、ボランティア、社会貢献は誰のためなのだろうか?社会のためなのだろうか?それとも、社会的弱者のためなのだろうか?ボランティア・社会貢献などと言うと、無償性のイメージが強く、人のために自分を犠牲にして何かをしてあげる、と捉えやすくなっているかもしれない。確かに、もともとボランティア・社会貢献は宗教的な博愛に端を発しており、非営利活動であるといえる。しかし、もっとボランティア・社会貢献を積極的な意味で捉えてもいいのではないか、と私は考える。坂茂の本の中にボランティアについて書かれている次のような文章があった。「ボランティアは誰のためかということで悩んだ」「悩んだ結果、結局ボランティアは自分たちのためにやっているんだ」また、「マイノリティーの人たちのための建築というのも非常に人道的には重要な話し出し、それから技術開発としても非常に自分の興味になってくる、そういう2つのモチベーションがあったからこそ活動が長続きしているのだと思います」と表現されていた。わたしは、ボランティア・社会貢献活動は坂茂が述べていたように、結局は自分たちのためでいいのではないかと感じた
 第四章 第三節でも述べたように、社会貢献が企業にもたらすメリットもたくさんある。社会貢献活動によって、企業が利益を得ている場合、マスコミや世間はその活動を売名行為だとして非難するかもしれない。また、ボランティアについても、ただの自己満足である、と考える人がいるかもしれない。しかし、動機の純粋性を強調して何もやらないのと、見返りを期待して積極的に社会に貢献していくのでは、どちらが社会にとって望ましいと言えるのだろうか。ここには、賛否両論があるかもしれないが、わたしは後者を支持してもいいのではないかと考えている。特に、画一的な社会において、埋もれている私たちにとって、ボランティアを通して自己を確立していくことは有効な手段になるであるだろう。また、これからは社会と共存していくことが求められている企業にとって、社会貢献活動を通して社会と関わっていくことは必要不可欠になってくるだろう。ただ、これらの活動を行うとき、心に留めなければならないことは、相手の立場に立て行うことである。それが出来れば、動機は何であれ、社会貢献活動を行うことは、よりよい社会を作るために不可欠な要素となるに違いない。この社会で生活する一人一人が、自分には何が出来るのか、と考え行動していく。それによって、市民意識の高い成熟した社会を作っていくことができるのである。つまり、社会貢献活動とは、自らが中核となって社会を形成していくための一手段なのである。




参考文献

・坂茂著『紙の建築 行動する』(筑摩書房、1998)
・ギャラリー・間編『坂茂 プロジェクツ・イン・プロセス−ハノーバー万博2000日本館までの歩み』(TOTO出版、1999)
・VAN−Voluntary Architect’s Network
  http://www.dnp.co.jp/millennium/SB/cover.html
・電通総研編『企業の社会貢献』(日本経済新聞社、1991)
・丹下博文著『企業経営の社会性研究』(中央経済社、2001)
・ふらっと教室−企業の社会貢献―
  http://www.jinken.ne.jp/class/work8/