脳は絵をどのように理解するか 〜絵画の認知科学〜
神経ネットワーク―標準的表象、記憶、絵の認知

発表日:平成14年4月24日
発表者:榊原弘一・荒川木綿子・山田千佳

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4.Koichi Sakakibara
3.Yuko Arakawa
3.Chika Yamada

〈要約〉

標準的表象

私たちが思い浮かべるイメージは、それらの対象の中心的なイメージである可能性が高い。そのような「標準的表象」は、芸術的再現においても同様に表現される。「標準的表象」は、ある対象のカテゴリーに属している事例の経験を通して形成される。では、それら見慣れた対象はどのように記憶されるのだろうか。

1. 日常的対象の経験、つまり頻繁に経験される特徴が、記憶の中に単一の事例としてではなく、テーマを中心に組織化された事例として認識される。
2. それらの頻繁に経験される特徴が、標準的形態という抽象物として再構成される。
3. 標準的形態という抽象物―対象、人間、感情や考えの「理想化」されたイメージ、つまり「プロトタイプ」が、長期記憶に記憶表象として貯蔵される。

世界のすべての光景や音などを貯蔵することは不可能であるが、たくさんの刺激の抽象物である「プロトタイプ」にみられる、ある種類の対象の頻繁に経験する特徴を備えた印象を貯蔵することは可能である。ここで重要なのは、こうした同種類の対象の一般化された印象を形成し、それを、新しい対象を比較する際の標準モデルとして使っているということである。私たちはさまざまな対象をあるカテゴリーに属するものとして認識し分類するが、そのときには対象をそのカテゴリーの「理想化」されたイメージ、すなわち「プロトタイプ」と比較しているのである。

具象美術と抽象美術

 美術作品は、現実そのものではなく、ものにせよ、人にせよ、感情にせよ、考えにせよ、つねに何かの表現である。どんな美術でも、少なくとも部分的には具象であると同時に、作品によって程度の差こそあれ、抽象的な要素も含んでいる。
 それは、ノーマン・ロックウェルにみられる「写実的な」作品であっても、多少とも「理想化」された、つまり、長期記憶の中にあるイメージが描かれていることを意味する。又、カンディンスキーにみられる抽象美術の典型的作品では、十分に理解するためには思考力を必要とするという意味で、脳の芸術だといえる。これらの抽象的な作品は解釈を必要とするがゆえに、誤った解釈や論争も生みやすい。しかし、作品がいかにあいまいであっても、それぞれには必ず中心的なテーマが存在する。つまり、ロックウェルは、人間、もの、感情の「視覚的プロトタイプ」を描き、カンディンスキーは、それらの「概念的プロトタイプ」を描いている。これらの作品のテーマは、ほかのすべての美術作品と同様、その芸術家の心の中にある概念によって支えられている。


記憶と絵の理解

記憶はかつて印象を受動的に貯蔵して、反応を生み出す記憶装置のようなもとして考えられていた。しかし、後にこのモデルはダイナミックなものと置き換えられ、知覚された印象は他の印象と連合(連結)され、記憶ユニットとして組織化されていると考えられるようになる。情報の貯蔵と視覚的記憶の過程において、人間の脳では厖大なニューロンが並列分散方式で処理されている。それにより瞬時の情報処理を可能にする。あわせて、脳では、情報をカテゴリー、プロトタイプ、そしてスキーマの点から組織化している。プロトタイプなどの形成により情報の長期にわたる記憶を可能にする。
美術作品における情報処理の場合、タイトル、名前そして、表層的特徴のレベルと意味的解釈のレベルの結びつきにより、意味を持つ対象となり作品についての推論が引き出される。そして、このような処理による絵の理解により記憶の程度も変わる。さらに、美的構造の表現の中には認知だけでなく感情がともなう第3のレベルがある。それは、心に触れ、絵と「一体化」することであり、絵の中に自らの根元的な心を見ることである。そして、深い感情と思考を喚起するレベルの認知である。


コネクショニズム−心と美術

 美術・音楽・文学、そして科学はみな、私たちに第三のレベルで「触れる」。さらにこのレベルは、脳の中で活性化される複雑なネットワーク状の結合によっていると考えられている。私たちが絵を見る時、絵の中の光景は、ユニットを活性化し、活性化がネットワーク内に広がっていく。脳はその絵の中にたくさんの対象を見て、「隠れユニット」を活性化することにより欠けている細部を埋めるのだ。ロックウェルの「感謝祭」で例えると、絵の中のカボチャ(入力)を見て、感謝祭(隠れユニット)を活性化させ、そして様々に、近くにシチメンチョウがいるとか、イヌを飼っているなどと推論がなされる(出力)。こういった神経ネットワークモデルやPDP(並列分散処理)モデル―コネクショニズム―は美術の深層の認知的側面を理解するのに役立つ。
考察

 絵の理解は具象画にせよ、抽象画にせよ基本的な過程は同じだと考えることができる。それは、絵の表象的な特徴を入力し、それらと結合する隠れユニットを通して、推論(出力)をするということを、神経ネットワークの並列分散処理によって行うということである。ただし、ロックウェルの『感謝祭』のような具象化されたもののほうが、抽象化されたものよりも推論に一般性があるということができる。反対に抽象度が高い絵の場合、例えばモンドリアンの『絵画U』のようなものは、入力刺激、また、それによる解釈の自由度は大きく普遍的なモデルであるということができる。これは、彼の自適表現の基本要素の追求によって生まれたものである。また、解釈の際、見るものに入力したものに対しての結合を探させることと、さらに、心的処理の現代の理論や技術と類似してくるという点から『脳の美術』であると考えることができる。
そして、これは普遍的モデルであるがために『知覚・感情・情感を刺激して内的快感を引き起こす(広辞苑より)』=「美」というものに当てはめることができるのだと考えることができる。「美」はすべての刺激によってもたらされるものであるので、人間の心を映し出す鏡にもなりえるのだ。


〈疑問点〉

  • モンドリアンは美的表現の基本要素の追求により、抽象度の高い絵に結びついたのだが具象画において、美的表現をすることは困難なのだろうか?具象画における美的表現のとらえ方はどういったものなのか?
  • 認知だけでなく、感情の伴うレベル3での理解とはどんなものなのか。万人が万人とも、すべての絵画に対して起こり得ることなのだろうか。
  • 脳とコンピューターは違う。脳はその時々に応じて障害が出てきたりする場合もある。そこを考えると一概に脳の働きを神経ネットワークモデルに置き換えることはできない気がするのだが・・・。


〈用語解説&参照URL〉

☆ノーマン・ロックウェル―Norman Rockwell(1894−1978)
アメリカが生んだ20世紀最大のイラストレーター。1950年から14年に渡りマサチューセッツ相互生面保険会社の広告を手がける。広告は、「サタデー・イブニング・ポスト」誌など。

★カンディンスキー―Vasily Kandinsky(1866−1944)
ロシア(モスクワ)生まれの画家。初めはドイツ表現派に属し、有機的抽象絵画に先鞭をつけ、又バウハウスで教え、創作と理論で抽象芸術に貢献。特色ある詩と戯曲もあり、総合芸術の旗手。著『芸術における精神的なもの』など。
☆タオ(Taoism)=道教(老子の教え)
中国の民族的宗教。祖に黄帝・老子を奉じ、道家の所説を主要教義とするが、神仙道や民間信仰を取り入れ多神教的。不死長生を究極目的とする。

★スキーム(scheme)
@ 計画、案、公共計画、事業計画
A 大綱、図式、計画表
B 組織、機構(哲学)体系、配列、配色

☆ミミとロドルフォ
ジャコモ・プッチーニ作曲による歌劇「ラ・ボエーム」の登場人物名。初演は1896年トリノ・レッジオ劇場にて。1930年頃のパリのラテン区に住むその日暮らしの若い芸術家達とその愛人の物語を描いたオペラ。

★モンドリアン―Pieter Cornelis Mondriaan(1872−1944)
オランダ、アムルスフォルトに生まれる。アムステルダム美術学校の夜学で学ぶ。自然主義的な風景を描く。38歳の時にパリにでる。キュービズムの影響を受け、幾何学的な純粋抽象の表現をめざすようになった。1917年、パリで「デ・スティル」グループを結成。1920年、「新造形主義」宣言を発表し、ヨーロッパ中に反響を巻き起こす。作『ブロードウェー・ブギウギ』など。
 
☆ノーマン・ロックウェル☆                   ★数はおすすめ度                                              
http://www.nrm.org/ (ノーマン・ロックウェル美術館)★★★

http://www.artforum.co.jp/topics/topix3/ (最新情報)★★★
http://www.artcyclopedia.com/artists/rockwell_norman.html (関連ページ)★★

☆カンディンスキー☆
http://www.nhk-p.co.jp/tenran/kandinsky/kandi.html ★★★
(カンディンスキー展@東京国立近代美術館)
http://www.artcyclopedia.com/artists/kandinsky_wassily.html (関連ページ)★★

☆モンドリアン☆
http://www.artcyclopedia.com/artists/mondrian_piet.html (関連ページ)★★